雪が溶けて川になって流れていきます。♪♪♪
令和04年03月02日。春めいてまいりました。
懇意にさせていただいている先生から「近江山河抄」に弊社に関する記載があるとご連絡がりました。気にはなりつつも思いは果たせずで…。街道沿いの雪も大方無くなり遅ればせながら米原市図書館へ。弊社の紹介記事は勿論ですが興味津々の内容で思わず備忘録として記します。
(弊社に関しての掲載記事はHPのトップページに引用しています)
そこで問題?
日本人なら一般常識と呼ばれる範疇の問題。
日本一高い山は「富士山」ですが日本最大の面積と貯水量を持つ湖は?
「琵琶湖」
滋賀県人なら一般常識と呼ばれる範疇の問題。
琵琶湖の面積は滋賀県土の約何分の1でしょうか?
「6分の1」
湖人なら一般常識と呼ばれる範疇の問題。
琵琶湖が琵琶湖と呼ばれるようになるのは何時頃から?
「文献に初めて現れるのは16世紀初頭、室町時代の後期です。広く知られるようになったのは約320年前、江戸時代の元禄期以降のことになります。」
意外や意外!!
琵琶湖が琵琶湖と呼ばれ親しまれる歴史は殊の外浅く、それまでは「近淡海」「淡海」「水海」「湖」などと呼ばれていました。
-レファレンス協同データベースより-
近江に根ざして360年余り。世の中は知らない事ばかりです。
”近江は六分の一が湖水で占められ、古くは「淡海(あわうみ)の国」といった。遠江の浜名湖を「遠つ淡海」と呼んだのに対して、都に近い琵琶湖は「近つ淡海」といい、近江の字を当てたのは、元明天皇の頃と聞く。琵琶湖と称するようになったのは、それより後のことで、竹生島に弁財天を祀ったために、琵琶を連想したのではなかろうか。そう思ってみれば、琵琶の形に似なくもないが、「さざなみ」という枕言葉に、琵琶の音色を感じ、そこから弁才天が誕生したと考えた方が、古代人にはふさわしい。”
-近江山河抄/近江路より:白洲正子/講談社文芸文庫-
聖武天皇が竹生島に弁財天を祀るよう僧行基を勅使としてつかわし、竹生島宝厳寺の堂塔を開基させたのが始まりです。宝厳寺の弁財天は日本三大弁財天としても名高く霊験あらたかなことで知られています。また行基は飛鳥時代から奈良時代にかけて活動した仏教僧です。
アイキャッチ画像は【特定非営利活動法人 琵琶故知新】様より拝借しました。